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生活保護受給者が差別されているのではなく、生活保護受給者が我々非受給者を差別しているのだと思う1/2

 
生活保護利用者の問題行動に「だから生活保護は!」は有効か?(みわよしこ) - 個人 - Yahoo!ニュース


 

問題行為をする患者に困らされるのは、医療従事者だけではありません
私は友人知人に医療従事者(医師を含む)が結構いるんですが、彼ら彼女らから「生活保護の患者は困る」という話を聞いたことはないです。私にそれを言うと「ケンカになるのでやめとく」ということかもしれませんが、数多くのパターンの困った行動をする患者・困った状況の中に、「患者が生活保護利用者であるため、医療扶助の利用にも関連する問題が発生する」も含まれている、という感じです。

 

生活保護受給者が引き起こす問題は、生活保護受給者だけが引き起こしているわけではない。全体ではなく一部である。


そもそも、医療現場での困った行動や困った状況に困らされるのは、医療従事者だけではありません。たとえば「救急車がタクシー代わりに使われる」という事態は、「緊急の重病でタクシーではまったく代替できない」という患者が医療を受ける権利を奪っているわけです。病院で気に入らないことがあるといって暴れるとか、窓口で理不尽なクレームをつけて長時間粘るとかする患者さんも同様。他の患者が怖い思いや不便な目に遭うわけですから。
困った行動や困った状況でトクする人はいません。その患者さんだって、自分の必要な医療を信頼関係のもとで受ける権利を失っているわけですから、「トク」はしていないでしょう。その患者さんが生活保護利用者であろうがなかろうが、同じことです。

 

迷惑しているのは医療関係者だけではないし、迷惑をかけて結局損をしているのは、迷惑行為に及ぶ生活保護受給者に限ったことではない。

 

そこで「生活保護」を持ちだして、どうなりますか?
では、困った行動をやめてもらったり、困った状況をなくすためにはどうすればいいでしょうか?
「たぶん医療従事者の方々も苦慮しているんだろう」とは思います。
関心があって医療従事者向けの雑誌を読んだりとかしていると、信じられないような「モンスター・ペイシェント」の話に接することが結構あります。ときには「こんな時には、こうすれば」というノウハウもセットですが、それで対応しきれるようなものでもないのでしょう。
そこで、その患者さんが生活保護利用者である場合に「生活保護だから」を持ち出すと、ありがちなパターン

  • もともと生活保護を利用していることに罪悪感や劣等感を持っている人が、反動で大きな態度に出てしまっている
  • 生活保護にまでなってしまった」と自暴自棄になってしまっており、「常識的に振る舞う」のメリットを全く見いだせない
  • そもそも、健全な育ち・義務教育といったものとも縁の薄い育ち方をしており(2007年ごろのデータでは、生活保護利用者のだいたい80%程度が小卒(戦前)・中卒または高校中退)、一般常識を身につける機会がなく、世の中に対する怒りや恨みでいっぱい
  • 施設収容(これ自体が問題ですが……)とならない程度の知的障害等があり、社会のルールを理解する機会に恵まれてこなかった

のいずれに対しても、問題をこじらせることはあっても、解決には向かわないのではないでしょうか?
言葉で「生活保護だから」「生保だから」と言わなくても、態度や表情に出れば同じことです。

 

迷惑行為に及ぶ生活保護受給者には様々な経緯があり、そのいずれに対しても、言葉や態度や表情に「生保だから」を出すことによって迷惑している側が話をこじらせうる。

 

 生活保護差別はやめてほしい、とばっちりは生活保護利用者だけでは済まない

いち患者として言うと、生活保護差別のとばっちりは、生活保護利用者ではない人間にも及ぶんです。
「障害者・お金ありそうな服装してない・自費負担率ゼロ(東京都の身体障害者向け医療費助成制度による←国民健康保険料の自費負担はあります、念のため)」
の私は、医療機関や救急車の中で、よく生活保護利用者と間違われます。
生活保護利用者と間違われたらどうなるか。
まず、「です」「ます」で話しかけてもらえません。若い医師や救急救命士に「……なの?」とタメ口で、イヤそうに、いろんなことを聞かれることも結構あります。
以前、持病の管理のために通っていた医療機関では、ずっと生活保護と誤解されていて、スマホを持っていることにチクチク嫌味を言われたり、検査のたびに「余計な検査はしないからね!」と切り口上で言われたり(こちらは何も要求してないんですが)。
「ああ、たぶん、また生活保護と誤解されているんだな」
と思っていましたが、医療機関で医師と揉めたいなんて思いませんから、何も言わずにいました。
あるとき、次の通院予定の時期に海外出張の予定があったので、その後までカバーできるだけの処方をお願いしたら、
「え? 外国? 生活保護なのに?」
と言われ、そこで医師の誤解をただす機会が得られたわけです。
その後は常識的な扱いを受けられましたが、正直、釈然としません。
日常的に差別的な扱いを医療機関で受けている生活保護利用者の方の一部が、まことに扱いにくい患者と化したとしても、あまり不思議ではないと思います。
生活保護利用者は働いていないし保険料も納めていない? 自分たちは働いて納税している? そんなことが差別の理由になるわけはありません。生活保護利用者の中には、納税者であったことのある人も数多く含まれていますし、就労率も世間で思われているほど低くありません。

 

生活保護差別は、それ以外の社会保障受給者にとっても迷惑だ。医療機関でも日常的に差別されていれば態度も悪くなる。過去に納税していたこともあるのに、非納税者を差別していいはずがない。

 

「就労や納税や保険料納付といった義務を果たしてから権利を行使しろ」? 
その人たちが生まれたときから幼少期の健全な育ちを保障し、教育の機会を保障し、社会に接続するという義務を果たせてこなかった国と日本社会に、さきに義務を要求してほしいものです。それがなかった人たちの生存権行使を、誰がどういう理由で責められるのでしょうか?

 

生活保護受給者が生活保護受給者となったのは、国と日本社会が健全な成長と教育を提供しなかったからだ。

 

 

最近は、「高等教育を受けた」「正社員として就職した」あたりも、「生涯にわたって生活保護と無縁」を意味するものではなくなっています。日本には、よく言われる「セーフティネットの三層構造」=「雇用」「保険」「扶助」の「保険」があまりにも弱いため、「雇用」から漏れると容易に「扶助(生活保護)」しかなくなるという構造的な問題があります。さまざまな議論が重ねられてはいますが、あまり改善されていません。
歴史的な問題、構造的な問題は、今日明日でどうなるものでもありません。ただ、むしろ犠牲者という面の大きい人に対して(そこで尊大な態度をとっているとしても)、さらに差別を浴びせることが正しいとは思えません。
もちろん、問題行動という目の前の問題に対しての対応は必要なわけですが、それはあくまで属性による差別と無縁に行われるべきではないでしょうか。それがそんなに容易ではないことは理解できるつもりですが。

 

こうした構造的な問題は改善が見られないが、問題行動については、差別とは無関係に対応しなければならない。

 


では、どうすれば解決するのか?
生活保護利用者に来てほしくないと思いながら拒めずにいる医療従事者。
生活保護差別をする医療従事者のいる医療機関に行かざるをえない生活保護利用者。
互いに、接触するのが不幸としか言いようがありません。特に生活保護利用者の場合は、生活保護法指定の医療機関から選択するしかなく、最初から選択肢が限られるわけですから。
解決する方法があれば、とっくに採用されていることでしょう。
私も、解決方法を持っているわけではありません。
でも、差別は本当に人を傷つけます。
今のところ生活保護利用者になったことのない私でも、生活保護と間違われて受けた差別で、大いに傷つきました。

 

解決方法はわからないが、差別は人を傷つける。

 

「傷つけられた人がさらなる差別を恐れるがゆえに荒れる」あるいは「過去の差別の恨みつらみを別の同業の人にぶつける」というような不幸な事態は、差別をなくすこと・差別を減らすことによってしか減らせません。
そんな努力をしても、何年先に結果が出るかわかりませんし、差別は人間の性といえば性です。
私には、「差別しようと思えば出来る側の人から、差別をやめてほしい」と申し上げることしかできません。

 

差別している側がまず差別をやめてほしい。

 

 


 

で↓に続く。