晴釣雨読

As the train goes through the mountain path, leaning on the lightcyan window, only I would think about my fun.

出会い

ウチのテレビ事情を義母にグチった結果。

顧問がテレビ使うときは、大臣とは時間帯がまったくかぶらない。だから彼に苦痛はない。委員長は見ると言っても顧問のついでのジブリ程度。そもそも彼はゲームとかテレビとかいうのは卒業しつつあるので、苦痛でもないかもしれない。

しかしあたしは完全麻痺。テレビが空いてれば、BBCかCNNぐらい見たい。でも空いてたためしがない。今日アレ見たいからリモコン頂戴と大臣に言わないのは、言えば(どっちがリモコンを掌握したのかとは関係なく)間違いなく一方または双方が不愉快になりかつそれが面倒だからであって、テレビぐらい好きなだけ見せてあげようという労わりの心じゃない。

委員長と毎日かあさんの地上波見てたとき「それ何時に終わるの?」て言うから「えー11時じゃない?」と適当に答えたんだけど、どうやらノーカット版。それでもきっかり11時にやってきてチャンネル変えたんだぜアイツは?!毎晩独占してる負い目はないの??「だって11時って言ったじゃん」いやそこのPCにワンセグあるよ?あるけどね?移動しろって?!?!

 

そういう、自分の見たくない番組のためにリモコンなんか取ってやるかよ朝BSニュース見たいなら見たい人間がやれと言わんばかりに動かないくせに、自分の見たい番組には忠実に条件反射するオヤジに日常的に虐げられて一般的な感情がマヒしつつあるかわいそうな我々の話をしたら、義母は心底同情してくれて、「4人もいるのに1台じゃ絶対に間に合わないんだから、もうひとつ買いなさい」と言ってポンと5万円くれた。

 

自分の息子の悪口を言ってくる嫁に現金渡す彼女はスゴイ。ホントにスゴイと思う。そして単純に大変ありがたいけれども、でもあたしが今ここに書きたいのは、義母の共感力がどのくらい素晴らしいかって描写ではなくて、その現金は結局単なる対症療法であってガンの原発巣はそのままなんだってこと。テレビ何台買い足しても、テレビ以外の場面のあの傍若無人症候群には効能はないんです。

 

相手は変わらないから自分が変わるしかないと言う人がいる。父とかね。自分の心が苦しいから自分のために許しなさいとか、もっと大きな視点で宇宙と対話しなさい、更に高い魂のステージを目指しましょうとかそういうスピリチュアルな手合いなら掃いて捨てるほどいる。

許したり魂を磨いたりする代わりに人は普通、何をするか?

別に大層なことはしない。ただごまかして終わり。友達と映画見たりお茶したり山登ったり本読んだりサッカー行ったり転職したり詩吟したり船乗ったり長電話したり写経したりカラオケ行ったり買い物したり。ただひたすら気分転換。

そうやって魂のステージを上げるか宇宙と対話するか命の洗濯をするかした後、日常に戻っていくと、そこには原発巣がそのまま鎮座している。当たり前だ。勝手に治っててくれたりなんかしない。未来永劫あたしは見たいニュースを見られない。相手を変えようとせずに自分が変わる、っていうのはそういうことなんだ。単なる麻痺。それは学習じゃないし、成長じゃないし、解決じゃない。BSニュースさえ見られたら死んでもいいとあたしが切望していない限り、それは一時の麻酔でしかない。

 

でもそういう一時しのぎや時間稼ぎに心を砕いているうちに、寿命がつきて私の人生はまあまあ幸せでしたみんなありがとう、ってことになっちゃう。でも違う。絶対違う。そうじゃない。鈍感力はいらない。もっと的確に正確に考えて、寿命のあるうちに正しい解釈にたどりつかなきゃならない。

ただ、何があってもただひたすらニコニコ笑っていられる人の方が生命力があるのは間違いないと思う。鈍いのと強いのとはほぼイコールだ。だから、魂のステージ云々ていうのも、そんな瑣末な出来事に心煩わせることなくただひたすら鈍感になれば無病息災で長生きできますよという宣伝としてのみ理解できる。

でもそういう鈍感な輩って、大臣みたいに自分が平和ってだけで周囲との調和なんかないと思うのよ。